『ハウ・トゥー:バカバカしくて役に立たない暮らしの科学』

本を選ぶときには「この本はどんな知識を得られるだろうか」とか、「この知識は身につけておいた方が良さそうだな」と、だいたいそんなことを考えると思う。
だから自分の役に立ちそうな本を普通は探す。
だけど、今回紹介する本は残念ながら誰の役にも立ちそうにない。

もちろんそれは僕にとっても例外じゃなく、少なくとも暮らしを「便利にする」ような役立つ情報は書いていない。
タイトルにある通りバカバカしくて思わず笑ってしまうようなアイデアが次から次へと出てくる。
だから世界観を広げていきたい20~30代の若者におススメできるかもしれない。

では何が書かれてあるかというと、私たちの生活にあるさまざまなやり方(ハウ・トゥー)に対して、科学を使ったちょっと変わったアイデアだ。

この本では、ありふれたものごとに対処する変わった方法を探り、そんな方法を実際にやってみたらどうなるかを見ていく。
そうした方法がなぜうまく行くのか、あるいは、うまく行かないのかを突き止めるのは楽しく、ためになるだろうし、ときには驚くような展開が待っているだろう。
ある方法がうまくないとき、なぜその方法がうまくないのかをきっちり突き止めることで、あなたは多くを学ぶことができる。
―――そうすることで、もっといい方法を思いつくヒントが見つかることもある。

例えば、13章に「鬼ごっこをするには」という章がある。
ごっこをするのにやり方もクソもないんだけれど、ここではわざわざウサイン・ボルト(世界最速の短距離走者)とヒシャム・エルゲルージ(1マイル競争の世界記録保持者)が出した世界記録を使って2人が鬼ごっこをしたらどうなるかを計算したり、マラソンのチャンピオンに追いつかれないようにするために好きなだけ早く走ることができるマジック・スクーターに乗って、鬼があきらめるまで世界中を回りつづけることができる……なんてことが書かれている。
うん、見事なアイデアだ。

この本すごいところは、そんなことを聞いてどうするんだというような質問にその道の専門家が真面目に答えてくれていることだ。
特に第5章の「緊急着陸するには」が印象的だった。
そこではテストパイロット兼宇宙飛行士のクリス・ハドフィールド大佐が著者の面白い質問にたくさん答えているので、一つだけ抜粋してみる。

質問:私と友人が一緒に、それぞれ同じような小型飛行機に乗って、サメがうじゃうじゃいる海の上を飛んでいたとします。
私のほうは飛行機の燃料が切れそうになってしまいましたが、パラシュートを持っています。
友人は私の隣を飛んでいます。
私は自分の飛行機から抜け出して友人の飛行機に乗り込み、しかも私の飛行機を着陸させられるでしょうか?

答:あなたの飛行機がコックピット開放型の複葉機なら、たぶんできるでしょう。
飛行機の制御装置をオートパイロットに設定し、友人にできるだけ近づいてもらい、コックピットから抜け出して翼の上に乗り、手を伸ばして相手の飛行機の翼をつかみ、相手のコックピットのなかに乗り込みます。
コックピット開放型でなければならないのは、風防や扉に対処する必要をなくすためで、複葉機でなければならないのは、支柱を手でつかむためです。
もしもあなたが自分の飛行機から飛び出して、パラシュートのおかげで浮かんでいるあいだに友人にうまくつかんでもらおうと期待するなら、あなたはたぶんサメのランチになるだろうと、私は思います。

こんなシチュエーションは今後生きているうちでまず巡り合わないだろう。
だから何の役にも立たない。
そこにこの本の醍醐味があると思う。
バカバカしいと思いながらもページを繰る手が止まらない……。
読み進めるほどワクワクするような、謎の期待感を味わうことができるだろう。

人生には試してみないとわからないことがたくさんある。
食わず嫌いではもったいない。
明王エジソンはこう言っている。
「私は失敗したことがない。ただ、1万通りのうまく行かない方法を見つけただけだ」

あれ?やっぱり、この本も役に立ちそうだなあ。